ついにLITTLE NEMOを買う羽目に

先日のことですが、地元の書店になぜかWinsor McCayの"LITTLE NEMO 1905-1914"が入荷してまして、洋書なんか大して取り扱っていないのにさあ買えとばかりに置いてあったので、これを読まないでマンガ研究しても意味がないというほど歴史的な作品なのはもちろん知っていますので、はい買わせていただきます、と入手。4000円しましたが、いまAmazonでは5000円ですか。

Little Nemo 1905-1914 (Evergreen)

Little Nemo 1905-1914 (Evergreen)

ウィンザー・マッケイ『夢の国のリトル・ニモ』の翻訳は小野耕世さんの訳で1976年に出ていましたが、これは読んだことがないです。
この歴史的作品についてはたけくまメモなどで紹介されていますが、ニューヨーク・ヘラルド新聞の日曜版にLITTLE NEMO IN SLUMBERLANDのタイトルで1ページ読みきりで掲載されたということ。日本のマンガで言うと連載開始に20年以上の隔たりがある「スピード太郎」がこの形式です。ただ「スピード太郎」が一回読みきりでない連載になっているのに対し(掲載された「サンデー読売」を見ていないので一回1ページなのかわかりませんが)、ニモのほうは1ページで完結します(英語の台詞をきちんと読んでいないのですが、夢の国自体は道化師やいわゆる土人がサブキャラクターとして登場しますので、夢の続きがある展開は見つかるかもしれません)。ラストシーンは夢から覚めてベッドの上にいるかベッドから落ちているか、というのが決まりで続いていました。
初期の作品を見ると、コマ数は不定で、あと最後にベッドから転げ落ちるというオチと絡んで、後半を縦割りにしてから階段状にコマを割って横進行するというスタイルが見られます。「スピード太郎」の連載開始時のコマ割りはこれを縦進行で試みたのでしょうか、落下と違って効果が出ていません。
リュミエール兄弟がシネマトグラフを公開してから10年、マッケイのマンガ作品がアニメーションを志向していたことがうかがわれます。あと円形ゴマについては画面のど真ん中に置かれるものが見受けられます。ただマンガの定型からすると奇抜な感じを抱かせるこれらのコマ割りは初期作品のもので、中盤あたりからコマを定型化しようか変わったコマ割りをしようかと悩んでいるのかなって印象になります。海外の新聞マンガのスタイルの変遷を誰か紹介してくれる方がいるといいのですが。

最近の少年マンガはあまり読んでいないのですが、アニメやゲームからの反響で、ファンタジー志向も強まったこともあって、マッケイに回帰したのかなと思わずいぶかしむところがあります。
この作品を論じた論文とか海外にあるのかもしれませんが、そのあたりも紹介してくれる人がいるといいですね。
ところでコマの重ねを効果として使おうという発想は偉大なるニモにはないようで、私のマンガへの関心は映画的手法とは違うところにあることをあらためて確認した次第です。