戦前文化はよかった、のか?

最近物忘れがひどく、用事があるつもりで急いで帰ってきたら日を一週間間違えていました。
ここ数年体がぼろぼろだった割にはいくら検査しても昔の体調から現状維持だったのですが、やはり40代も半ばになるといかんです。今年は今までしたことのない検査ばかりしています。一日近くものを食べない検査も近づいてきて、変な病気が見つかるのはいやですがその一方で十分休養が取りたい風でもあります。
最近はリアルタイムでも漫画をほとんど読んでいませんが、ケータイの4コマをパラパラマンガにして待ち受け画面にしています。パケホーダイにしてしまったので集英社のケータイサイトに登録しているのです。

最近の話題は戦前のマンガに偏っていますが、昭和一桁生まれの父は軍国少年に戻ってしばしば戦前のほうがよい教育をしていたなどといいます。ほとんどネット右翼(ってもう死語?)みたいなもので困るのですが、父の幼年時代というのは子供文化が大変盛り上がっていた時期だということが最近わかってきました。女学生文化も盛り上がっており、もしや女たちもイケイケ気分で戦争まで突入していったのではないかとついいぶかしんでしまうところがあります。

私は松本かつぢの話をよく書いておりますが、ほとんど「少女の友」の専属だった中原淳一に対して、蕗谷虹児の人気を見て少女雑誌に描くようになったかつぢは「少女倶楽部」にもちょこちょこ漫画を描いていたり、もっと幼年向けの子供雑誌(「コドモノクニ」だったと思いますがうろ覚え)にも戦前から絵を描いていたようです。
ところで「少女の友」で描いていた画家のうち、いわゆる抒情画とは若干異なったファンタジックな絵を得意とする作家がおりました。初山滋です。松本かつぢの戦前に描いた絵には華麗で繊細に描かれたヨーロッパのお城の絵などもありますが、これは抒情画の系譜からは出てこないもので、初山の西洋風の絵柄と近いものといえるでしょう。そこでちょっと絵本が見たいなあと思ったら、彼の代表作というべき絵本が復刻されておりました。

たべるトンちゃん

たべるトンちゃん

昭和12年初版とのこと。これはとてもいいですよ。のらくろ田河水泡が前衛芸術集団の「マヴォ」に参加していたことは知られていますが、この頃の日本のデザインは前衛としてけっこう見て面白かったりするのです。

参考として、この本を挙げておきましょう。専門家には物足りないところがあるかもしれませんが興味深く読みました。

ひらがな日本美術史 7

ひらがな日本美術史 7

作家の名前を忘れましたが、カッサンドルに師事したんだったか、戦前の官製ポスターでとんでもなくモダンな作品を書いていた作家なども紹介されています。戦争ってのは得体が知れませんね。

ちなみに「少女の友」が中原淳一を据えて一番盛り上がっていたのは昭和13年頃と思われます。満州事変以降日本はまさに戦時下にあって、戦争など絶対反対の私にすればいい時代とかとても思えないのですが、ひょっとすると今の日本と似通った雰囲気が漂っていたのではないかと思われます。そういう時って、普通の人がある意味で一番こわいと思ったりもするんですが。子供を不審者から守れなんてバスのアナウンスで流れたりしていますが、私なんかもろに不審者にされてしまいそうですからね。