米沢嘉博氏の時評とあすなひろし作品選集のこと

土日の休みなのに部屋の片づけもまるで進んでいなくて憂鬱です。
前々回、米沢氏の遺作となった売れるマンガ、記憶に残るマンガについてちょっとだけ触れたのですが、この本はコミック・フラッパーに毎月連載していた時評をまとめたものでした。米沢氏は阿島俊名義で時評を書いたりもしていてしかも掲載誌がマイナーなものが多いために、批評活動の全貌をとらえきれないのですが、ひょっとすると、米沢氏は毎月一回のペースで延々と時評を書き続けていたのかもしれないんじゃないか、という気がしてきました。
いま現在、いわゆる単に作品の紹介記事というのではでなく、折々の問題意識を提示するような時評を書いているマンガ評論家って今何名くらいいるのでしょうか?私自身が米沢氏の時評自体を認識していませんでしたけれど、こうしたものを意識して読んでいる人がどのくらいいるのかと気になります。新聞に載る時評などは購読していなければ気づかないことも多いですし、マンガ業界が抱えている様々な問題、課題をひとまとめに扱うような業界誌がないかと思うのですがどこかにあるでしょうか。一人で見渡すにはどうしても限界があって、ある程度状況を見渡せるような場が必要なのではないかと思わずにいられません。

先日戦後マンガ史3部作をちょっとめくってみて、残念ながらきちんと目を通す時間がその時なかったのですが、基本的な語り方はそんなに変わっていないのだなと思いました。オンデマンドでも同人誌の形態でもいいので手元において置けるようにならないものでしょうか。

本のタイトルが「売れるマンガ、記憶に残るマンガ」となっていたので気になったのですが、あすなひろし追悼サイトが自費出版で発行している作品選集の10冊目に、祝10冊目としてあすなひろしを知るマンガ関係者のコメントが集められ、自費出版では考えられないほどそうそうたるメンバーの中で米沢氏のコメントも掲載されていますが、このコメントが本のタイトルを思い浮かべさせるものでした。直接引用せずに書き留めておくと、マンガは作品(名)やキャラによって記憶される傾向が強いがために短編作家の再刊や評価が妨げられてきたが、短編こそが表現領域やテーマの深化を先鋭的に担ってマンガを変化させてきたはずだと述べており、このように言うとき自身がかかわってきた同人誌作品などが念頭に置かれているとは思いますが、ここではあすなひろしという作家がそのような先鋭的な表現者であったことを指しており、少女マンガの研究者などにきちんとこの活動が届いていないのが少しもったいない気がするとつけ加えてもいます。

あすなひろしの選集作品は一般書店には置いてなくてBK1で扱っていると思ったのですが10巻はリストに載っていませんでした。出版の中心にいた追悼サイト管理人の高橋氏が勤めていた会社を辞めて転職した報までは聞いているのですが、私自身は計画について本当に出版するの?と驚きながら最初の頃のミーティングに参加したものの、レガシーな企業に勤務する身としては深くかかわることは自殺行為に近く、出版の手伝いをすることは現実として不可能でした。会社で仕事と関係ないサイトを見ることすらしておりません。最近は土日に疲れを残したままマンガ関連の調査をするのもかなりきつい状況となっています。20年間蓄積してきたものはありますが、検証を行える時間もコネも現状ではほとんどありません。
いま本が手元にないのでうろ覚えですが、米沢さんも確か著書の中で戦後少女まんが史のような仕事をしてきたが女性研究者がリードしていってほしいというように書いていたと思います。私が試みてきたのは米沢さんが同人誌への関わりを強めていって話題にのぼらなくなったニッチな領域での表現領域やテーマの深化をとらえられないかということで他にやっている人がいないとしたら手がかりだけでも残しておきたいのですが、女性のマンガ研究者がやってくれるのならそれに越したことはないんじゃないかと思います。
あすなひろしの選集10巻には米沢さんの他に中野晴行さんが1ページにわたる長めのコメントを寄せています。あの手塚治虫全集でさえ何度も途中で頓挫しており、昨今の復刻ブームも採算が取れる見込みなしに出すことはほとんどなく、過去の遺産を単行本として残そうとしているわけではないので、あすなひろし選集の復刻は奇跡だけど、継続していけるように赤字だけは出さないようにといったことがコメントされています。これは実際に奇跡であって、マンガ業界と関係ない勤め人がみなもと太郎さんのサポートがあったにせよマンガ界、出版関係者とよくあそこまでパイプをつなげていけたものだと驚嘆せずにはいられません。私自身はせめてあすなひろし論を書こうとは言ったものの、作品解題を担当している小松どど氏と選集発行を推進したみなもと太郎氏のレベルに拮抗できるだけのものを書くのはとても困難で、しかも選集を売るための販促資料にするにも役に立たないと思わざるを得ませんでした。
たとえば70年代になってからも年齢層高めの少女まんがを描き続けたこともあって、後の少女まんがに与えた影響を測るのが実はかえってとても難しいのです。思い込みと予断を排して地道に証言を集めるしかやり方はないんじゃないかと思いますね。