酒井七馬から見た日本の戦後マンガ

前回の続きを書かないうちに今月になって必読書が2冊出ました。一冊目は「謎のマンガ家・酒井七馬伝」。

謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影

謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影

著者は「マンガ産業論」を書いた中野晴行氏、少年マンガの黄金時代ともいえる昭和30年代に大阪で編集プロダクションを設立してマンガ編集者としての長年の活躍から赤本時代から少年マンガの黄金時代にかけてその該博な知識と広い人脈を持ち最も信頼されているマンガ評論家として知られており、この本で自ら狂信的手塚ファンであると名乗るとおり、タイトルに手塚治虫の名を冠した著作も知られています。一方で、「球団消滅」のような戦後の貴重な記録も残していますが、今回の著作はあまりにも伝説化されている「新宝島」の共著者でありながらあまりに省みられることの少なかった酒井七馬の作者としてのいきさつを明らかにしたもので、大変な労作であるとともに戦後マンガの周辺を見直す重要な一冊と言えるでしょう。私は手塚伝説に関してやや懐疑的というより批判的にも見えるようなスタンスをとっていたので手塚ファンには到底受け入れられないのかなと思っていましたが、この本は決して手塚批判の本ではなく、私も別に手塚伝説の批判をしたくて紹介するわけではありません。この本にはかつて夏目房之介氏が書いた優れた手塚論とも通じるものがあってそれは、手塚の偉大さと戦後マンガの隆盛とは本当は何だったかを問いなおすための基本文献だということです。そのようなわけで必読の一冊です。

たとえば七馬は戦前に漫画家からアニメーターとなり、戦後は赤本マンガで活躍し、そこで手塚と出会っていますが、赤本ブームが失速すると紙芝居に転身し、絵物語を経て再びアニメ界に戻っています。つまりマンガ家として表に立つことが少なかったとはいえ、その周辺での仕事は続けていたのであり、紙芝居も全盛期はそれなりにもうかる仕事であってマンガ家から退行したというものでもないようなのです。
新宝島については酒井が原案から190ページのカット割りまで行っていたという証言もあり、全集版に書き直された新宝島の手塚の解説とは食い違いがあるのですが、どうしても酒井七馬の単著でないことから手塚に帰属されがちなこの作品の謎についてはこれまでになされた研究成果をふまえて慎重に仮説を立てて推理を行っています。
オリジナル版の新宝島の復刻はいまだに実現しておらず、手塚によって書き直しされた漫画全集版は別ものといえる旨が記されています。というのも研究者ですら全集版に基づいて分析を行っているような状況があるということです。ちなみにここ数年の初期手塚研究は、私自身その研究成果のすべてをきちんと目を通していないのであまり詳しくはないのですが「新宝島」からもっと後の手塚が自分のスタイルを確立させた?あたりの「地底国の怪人」などにスポットが当てられる傾向があったのではないでしょうか。中野氏はそのような研究も踏まえて「新宝島」の特異性について説得力のある推論を展開しています。急いで読んだのできちんとした紹介になっているかわかりませんが、ぜひ読んでいただきたいと思います。
巻末には参考文献と年表があり、戦前から戦後の研究としても役に立つことでしょう。

もう一冊は米沢嘉博氏の遺作となる時評で感じはがらりと変わりますが、ちょっと今日は時間が足りないのでまた稿をあらためて。米沢さんの本はサブカルの棚に見つかったのですが、酒井七馬伝はどこに置かれているのでしょう。私が購入したところは一応サブカルコーナーでしたが、本屋によっては違う場所に置かれているかもしれません。
この酒井七馬伝Amazonでは2000位以内にはいったのを見ましたが、もっと話題にすると雑誌で書評が出て新宝島のオリジナル復刻が読めるようになったりするのでは?